2011/07/12

部屋 11

 五分ほど無言の時間が流れた。夜に入ったとはいえまだ夏まっさかりの義男の部屋は、入った事は無いが動物園の満員のゴリラの檻くらいに暑いのではないかと思えた。そんなゴリラ熱に満たされた部屋の中で、浩一がどれだけ考えてみても部屋から出る事以外に解決法は無かった。義男がドアを開けるのを期待してドアの方を何度も見たが、ドアは外との境界としてポツンと立っているだけだった。
「あ、こんなのどう?」
 横になってふて腐れていた皆藤が、何かを思いついたのか半身をスッと起こし満面の笑みで話し始めた。
「ドアから出るのがヤバいって言うならさ~、そっちの窓から出ちゃうってのは? 大丈夫でしょ、下は畑だし」
 言われてみれば確かに義男の部屋の窓の下は畑になっていた。二階とは言っても高さはそんなに無いし、よくよく考えてみたらむしろ遊びで何回か窓から出た事もあった。
「なるほどね。確かにそうだわ。っていうか俺前に窓から降りた事あるし」
「じゃあ話早いじゃん! とりあえず俺が窓から出て、そんでもって回ってきてドアをノックするから! そこで浩一君がドア開ければ問題無いでしょ?」
 すでに立ち上がっていた皆藤は窓の方に歩きながら珍しくまくしたてる。自分の方が優位な立ち位置にいる事が皆藤の気を大きくさせているのだろう。あっという間に皆藤はベランダの無い窓枠に着き、足を掛けた。
「それでは行ってまいります」
 皆藤は敬礼のポーズをとった。
「あ、あ~大丈夫かね?」
 浩一には皆藤と違い「もしまた同じ事が起きてしまったら」という恐怖があった。
 ドアから……。
 窓から……。
 そこにどれほどの違いがあるのか?
『へやからでたらしぬ』という言葉がこだまになり、何度も浩一の頭の中を巡る。
 だが「やめよう」と浩一が声を掛ける間もなく皆藤は窓から飛び降りてしまった。
 義男の家は二階だが高さはそこまで無い。部屋にいる浩一にも皆藤が着地する音くらい聞こえていいはずだった。しかし耳には何の音も届かなかった。サトシの時と同じ恐怖が、強烈な静寂の中で無音の交響曲となり浩一の頭に響き渡った。
 窓に走りよって浩一は畑を見回したが、夜の畑は灯りが無くよく見えない。だが確実に皆藤の姿は無く、時が止まった海のように見える夜の畑には静けさだけが残されていた。
 浩一は窓から身を乗り出す事に恐怖感があったので、窓の近くから恐る恐る外に向かって声をかけた。
「おい!皆藤! ……お~い!」
 返事は無かった。すぐに皆藤の携帯に電話をしたが繋がらなかった。
「うわ、ヤッベぇ……。何これ? 何コレ?」
 一瞬パニックに侵されてしまった浩一は、意味も無く凄い早さで頭を叩きまくっていた。
「落ち着け落ち着け。頭叩いたって何にもならねぇぞ……。とにかく深呼吸だ」
 立て続けに何度も深呼吸をした浩一は、頭がクラクラとしてしまい崩れ落ちるように座り込んでしまった。
「これは、ヤバい。マジで、ヤバい。とにかく義男が帰ってくるのを待とう。何してもヤバい気がしてきた」
 義男もサトシも皆藤も、全員連絡が取れなくなってしまった。義男は分からないが、サトシと皆藤に関してはこの部屋から出た瞬間にだ。こんな事が現実にあるんだろうかと浩一は信じられなかったが、事実、目の前で起きた出来事だ。浩一が信じようが信じまいが、容赦なく目の前で何かが起きているのに間違いはなかった。
 その時、呆然としている浩一の耳にドアのノブが回る音が聞こえてきた。一瞬にして百八十度近く首をドアの方に回し、期待と不安と安堵と恐怖にまみれた顔をドアに向けた。
「皆藤……か?」