2011/07/12

部屋 1

部 屋
坪井 唯





 ……もしもし?
 義男?
 うん 寝てたわ
 え? あぁ、まぁいいよ
 何時? 今
 五時半!?
 早ぇよー 寝たのさっきだぜ
 しょうがねぇじゃん、バイトだもん
 何? どうしたの?
 何だよ 落ち着けよ
 ゆっくり話せって
 え? 今日? 何時に?
 何時でもいいって ほんとに何時でもいいの?
 何? 何かあんの?
 とにかくって……
 あ、そう……
 わかったよ
 え?
 そりゃそうだろ サトシだって寝てんだろこんな時間
 うん…… ま とにかく一緒に行きゃいいのね?
 何? 大丈夫か義男?
 すげぇ慌ててる感じがすんだけど
 あ そう?
 ……わかった 連絡してみるわ
 はい はい うん
 ん じゃーねー


 ゴイーン! ゴーン! ガゴーン! ゴギー!
 先週くらいに始まった工事。何が出来るのかは知らないが、とにかく作業員たちはひっきりなしに大きな部品を運び、大きな何かの骨組みを立て、大きな工具で「これでもか!」と空間が割れんばかりの音を立てている。冬よりも五倍くらい大きくなった太陽に照らされた作業員たちは大粒の汗をたらし、必死になってネジを回したりしている。たぶん一本のネジですらなければ成り立たないのだろうが、どうにも浩一には馬鹿らしく思える。あんな小さいネジの一本や二本、なくたって大丈夫だろうが……と。暑さと眠気と騒音に朝から不機嫌になった浩一は、工事の光景を眺めながら思っていた。
「チッ……。毎日毎日朝からうっせぇんだよ、暑ぃし」
 午前十時を指す時計を見ながら浩一はぶつぶつとつぶやいた。
 バイトから帰宅し、食事というよりは摂取に近い行為をしながらネットサーフィンをする。ネット上にある何の役にも立たない情報をひたすら何時間も眺め、太陽が東の空に顔を出し空が碧色になり始めた頃に布団に入る。そして寝付きの悪い浩一がようやくうとうととし始めた頃に、作業員達のスイッチが入り、同時に猛獣の咆哮のような音が浩一の部屋に鳴り響く。何年ぶりかの猛暑に加え連日の工事。浩一はここのところ完全に睡眠不足だった。
 トランクス一枚で汗だくの身体を起こし、朦朧とする頭で扇風機のスイッチを入れる。分かってはいたが部屋は涼しくなんてならない。淀んだ空気が部屋の中に渦巻くだけだった。もやもやと暑さで歪んだ部屋を抜け、朝イチの仕事をしにトイレへと向かう。半分寝ている頭で用を済ませ、ついでに冷蔵庫から麦茶を出す。部屋にいる時の定位置であるソファーに腰掛けて、開けていない封筒やチョコの袋や空き缶や廃品回収のチラシで散らばるゴミ箱ならぬ、ゴミ机の上に麦茶を置く。捨てれば片付くのは分かっているのだが、なぜだか出来ない。遺伝子に机の上のゴミを捨てるなというプログラムでも入っているかのようだ。
 床に落ちているタバコを拾いライターを探す。いつだったか、起き抜けの一服は身体に悪いとネットで見た気がするが、ネットの情報は当てにならない事が多いし、美味い時は身体が欲している証拠と気にせず続けている。なぜかラグの下に入っていたライターをみつけタバコの箱を開ける。
「なんだよ、一本しかねぇじゃん」箱を潰しながら煙草をくわえ、火をつける。
 タバコの煙を吐き出しながら机の上にある手紙を手に取る。ちょっと前にどこかの宗教団体の二人連れが、啓蒙のような勧誘に来た時に、色々と普段疑問に思っている宗教にまつわる事を話した事があった。その二人は熱心に浩一の話を聞き、分からない事があった場合は次までに調べてくると言い、実際に調べてきて話してくれた事もあった。その後何度か二人が家に来ているが、出るのが面倒で居留守を使ったり、実際に不在だったりと顔を合わせていない。だが来る度にわざわざ書き置きを残していき、浩一はそれを見る度に「なんとまぁ熱心な事か」と思っていたのだ。浩一は、宗教やオカルト的な事、幽霊やUFOや超能力、そういった事柄は基本的に否定的だ。ところが、宗教について疑問に思っていた事を二人に話してしまった事で、宗教に興味がある人間だと勘違いされてしまった。だからといって「もう興味ないから来ないで下さい」と追い返す事も出来ず、書き置きだけが捨てるに捨てられず増えていく。その手紙を机に放り投げながら「どうしたもんかなぁ」と、肺で濾過した煙を宙に吐きながら二人の顔を思い浮かべる。とはいっても暑さで何も考えられず、一口タバコを吸っては吐き、麦茶を一口飲む。そうプログラムされたロボットのように無感情に動いているだけだ。
 顔のあらゆる部分から出ている汗を拭きながら、ふと「そのままサウナ経営出来んじゃねぇの?」と、つい先日泊まっていったサトシに言われたことを思い出す。しかし暑くて狭い部屋とはいえ家賃四万二千円は今の自分の経済状況を考えるとそれでもギリギリだった。時給七五〇円のレンタルビデオ屋で週五日。家賃は収入の三分の一位が妥当というから、自分の収入ならこんなものなんだろうと思っている。しっかり働いている友人達は十万円近くの家賃を毎月払っているようだが、物欲が強い浩一にしてみれば「家賃より物」と、置き場所が無くなる程あふれかえった物に囲まれた生活に充実感すら得ていた。
「しかしこりゃサウナ以上だわ」独り言を言いながら携帯を手にとる。
 着信履歴には、早朝の義男からの電話がしっかりと残されていた。もしかしたら夢だったんじゃないか?と思っていたのだが今回は間違いないようだった。
 というのも、以前好きだった女の子から夢の中で電話で告白された事があった。返事は電話でお願い、と夢の中で言われたのを現実と混同し、起き抜けにハイテンションでその女の子に電話をし「俺も好きです!」と言ってしまったのは、かれこれ三年前だ。あれ以来睡眠時の電話には注意している。
「嫌な事を思い出しちまったな〜」と言いながら電話を布団に投げ、まだ寝ている脳みそを起こしながら電話の内容を思い返してみた。大体いつも義男からの電話は変な時間が多かった。今日みたいに早朝もあれば、夜中にも時間を考えずかけてくる。そのわりに特に内容も無く、よく分らない事をあぁだこうだと一方的に話して電話を切る。最近ではそんな義男からの電話に辟易していたので居留守を使う事もよくあった。
 だが、今朝の義男からの電話には二つほど気になる点があった。
 一つは、あの義男が慌てていた事だった。