2011/07/12

部屋 3

 時間には律儀なのが義男の長所であり短所だった。自分が遅刻する可能性がある時は「遅刻するくらいなら行かないから、約束の時間に俺が来なかったら行っちゃっていいよ」と宣言されていたし、昔は遅れた奴に対して一日かけてネチネチと「俺の時間を返せ、この時間泥棒」と言い続けていた。最近ではそれでも遅刻が減らない浩一達に対して見切りをつけたのか、集合時間に一人でも来ない奴がいると速攻で帰るようになっていた。一度本人に、何でそんなに時間に関して融通が利かないんだ?と聞いた事があったが、よく分らない義男なりの理論をひたすらアツく話された。
「時間て言うのは、全人類……。いや全世界の物質に平等に与えられたモノだろ? それはいいよな? さらには「俺だけ時間の進み方が遅いんだけど」とか「今年の正月は飛ばすわ」なんて事は誰も出来ない。きっちりとした流れがあって、一定の方向にだけ進む。その中に俺達は身を置いてる訳だ。だが、そんなきっちりとした流れである時間にも関わらず、何分とか、何時間とか、区切りを付けて感じたり計ったり出来てるのは人間だけなんだよ。そこに数字を当てはめて四時三十五分とかさ、すげぇもんだよ昔の人間は……。ってまぁ、昔の人間の話は別にいいんだけど。でな、動物とか石にはそんなの分かんない訳だ。そうなってくると、時間を理解出来るって事は才能というか、与えられた役割みたいに思える訳よ。むしろそうやって時間を理解出来る以上、出来ない物たちの規範にならなきゃいけない訳。だから守る。君達に対してじゃなく、時間に対して真剣なんだよ、俺は」
 と、全く浩一には意味不明だったが、とにかく時間を守る事に対しての独自な考え方を持っていたのだけは確かだった。
 それだけに、何時でもいいから家に来て欲しいという義男の話が気になっていたのだった。あの義男がそこまでしてでも来て欲しい理由……? しかも、あんなに慌ててたのに何時でもいい、という矛盾……
 しかし考えていても分からない。「まあ義男の事だしな」と浩一は考えを投げ捨てた。
時計を見ると十時だった。まだサトシと集合するには早く、かといってもう一度寝るには遅かった。浩一は決めるべき事は早めに決めておかないと気になって仕方ない質なので、義男に言われた通りサトシに電話をした。
「もしもし浩一だけど」
「おぉ、おい~っすぅ」
 暑さで溶けかかっている人間特有の、くぐもった湿った声だった。
「お前、その声なんだよ。寝てた?」
「この暑さで寝てられる奴がいたら紹介してよ。肩組んで歌いたいから」
「あ、ほんと? いるよ。じゃそいつ肩幅すげぇ広いしちょうどいいね。今度紹介するよ」
「いやぁ、いる所にはいるもんだね~。」
「いねぇよ」
 いつからか、電話の始まりに意味の無いやり取りをするくだらない癖がついてしまっている。
「ってまぁそんな事はどうでもいいんだけどさ、義男から電話あったっしょ?」
「ああ、あったよ~。って、さっき着信あったの見て気づいたんだけどね。でもどう考えても寝てるでしょ~五時半は。まだ余裕で夜の範疇だぜ。失礼にも程があるっつ~の」
 失礼さで言えばあまりサトシも変わらない所があるけどな、と思ったが話を続けた。
「俺だって義男からって分かってたら出なかったよ」
「で、なんだって? 俺さっき義男にかけたんだけど繋がんなかったんだよ」
「マジで? なにやってんだあいつ……?」
 義男からの電話の内容を伝えた後、たまに義男が起こす不可思議な行動の話をしばらくし、十二時に駅前のコンビニで待ち合わせる約束をして電話を切った。

 洗濯物を干し終えた浩一の身体は、洗い立ての洗濯物よりも汗で湿っていた。部屋に入り時計に目をやると集合時間にちょうど良い時間だった。額の汗を手で拭いながらクローゼットを開ける。無理矢理クローゼットに押し込んだクリアケースは、詰め込みすぎた洋服のせいで、まるで相撲取りが子供用Tシャツを来ている姿のようにになってしまっている。枚数でいえば随分たくさんの洋服があるのだが、どれも着飽きてしまっているので着るものが無い…と浩一は途方に暮れる。仕方なく、その中でもお気に入りのTシャツとハーフパンツを着て外に出た。
「おわ~ぁぁぁぁ……」
 体液が沸騰しそうな暑さと、気を失いそうな眩しさに愕然とした。
「暑い……」
 言っても仕方ないのは分かっているが、身体が暑いと言うことを命令している。
 出かける時には必須になっているMP3プレーヤーを再生し、何曲か飛ばしてようやくお気に入りの曲がかかった。「こういうプレーヤーのシャッフル機能って明らかに偏りがあるよな」と誰かが言っていたが、まさにその通りだなと思いつつ自転車にまたがった。お気に入りのハードコアの曲はサビに入り、いやがおうにもテンションが上がる。暑さを置き去りにするぜ!と、汗だらけになる覚悟を決め、立ち漕ぎで駅に向かった。