2011/07/12

部屋 12

 開いたドアの外に、満面の笑みを浮かべた義男がいた。
「お〜! ちゃんと来てくれてたな」
 待ちに待った義男が「あけましておめでとう!」と、正月にサンタクロースの格好でふすまを開けて入ってきたかのような、とんでもなくズレた雰囲気で部屋に入ってくる。場違いな雰囲気の義男に浩一は普段通りのリアクションをするエネルギーは残っていなく、ただ呆然としてしまった。
「来てくれてた……? ハハ……。来てくれてたっつうか……。ちょっと待って……」
 待ちに待った状況にも関わらず、頭が全くついて来れず言葉が出て来なかった。
「何か起きた? 誰か来た?」
 玄関で靴を脱ぎながら、矢継ぎ早に義男が意味の分からない質問をする。質問が理解出来ない浩一は、ただぽかんと口を開けて義男を見る事しか出来ない。何をどこから話せばいいのか、浩一の頭の中にある『今日の出来事』という本のページは、もの凄いスピードでめくられていってしまっている。
「何だよ?なんか言ってくれよ」
「いや……。何か起きた?って……」
「浩一……、一人なの?」
 靴ひもがうまくほどけないのか、しゃがみ込んでいた義男が部屋を見渡しながら聞く。
「一人……?いや、さっきまでサトシと皆藤が……」
「え?皆藤も来てたんだ。で、どこ行ったの二人は?」
「……ちょっ! ちょっと待て!」
 頭が整理しきれていない所に一気に義男に話をまくしたてられたので、浩一は思わず大声を出してしまった。靴を脱ぐのに手間取っている義男の動きが止まった。
「これは……。この今日の出来事は……。とにかく義男が仕組んだどっきりなんだよな?」
「どっきり……。っちゃそうだね。一応どっきりだね」
 義男は靴から目を離さずに言った。
「そっかそっか。それは良かった……。って良くねぇよ! 今皆藤に会わなかったか?」
「皆藤? 会ってないけど、なんで?」
 ようやく靴を脱ぎ終えた義男が部屋に入ってきた。
「会ってねぇか……。会ってねぇのか」
 何から説明していいかわからなかったが、浩一が一人で考えるには限界が来ていた。私見を挟まずに、とにかく起きた出来事だけを正確に伝えようと、あらためて昨晩の事から順を追って話し出した。

「ふむふむ」
 ちゃぶ台を挟んで向かいの座椅子に座る義男が、昔のマンガでしか使われない納得の仕方をした。とは言ったもののいつもの義男の相づちだったが。
「ふむふむじゃねぇよ~、ヤバくない? これ。どっきりだったとしてサトシと皆藤はどこ行っちゃったの?もしかして、お前知ってんのか?」
「ふむふむ」
 義男がさっきと同じ相づちをうつ。浩一は何かを考え出した義男に何を言っても無駄な事を思い出した。
「始まっちまったか~」
 浩一は答えを求めるのを諦めて、とりあえず義男の考えがまとまるのを待つかと思った瞬間、ふとある考えがよぎった。
「もしかして、サトシと皆藤もグルってことはねぇよな?」
「ふむふむ」
「ふむふむじゃ答えになってねぇんだよな~この場合は。って、でもグルだったらお前がそんなに考える訳ねぇか」
「ふむふむ」
「そうですね~。ふむふむですね~」
 と、浩一が義男の真似をしてふざけた。
「ごめん、ちょっと静かにしててもらえる?」
 口に人差し指のポーズで義男に注意された。
「……」
 浩一は無言で、外国人がよく使う肩を上げるポーズで応じた。