2011/07/12

部屋 4

 駅前のコンビニに着いたのは十二時十五分位だった。案の定サトシはまだ来ていない。ひとまず汗だらけの熱した身体をとにかく冷ましたかったのでコンビニに逃げ込む。最近は何かと色々な場所で省エネという言葉を聞くが、この駅前のコンビニだけは違う。冷房の設定温度は十五度以上には上げない、という反体制的なマニュアルを店員が遵守して、涼しいコンビニの伝統を守り抜いているのだろう。この息が白くなりそうな程の涼しさがちょっとした話題になっているようで、たまに「うわ!ほんとだ!さみぃよコレ」なんて声が聞こてくるくらいだ。そこで働いているわけではない浩一には何の関係もない事だが、そんな声を聞くとなんとなく誇らしい気持ちになるのが不思議だった。今日はそんな声は聞こえてこないが、とりあえず水を買い、店の前で一服を始める。タバコを吸い終える頃に遠くにサトシらしき人影が現れた。
 その自転車に乗っていて警察に止められない日はない。というのが自慢の元自転車、現ゴミに乗って、倒れないのが不思議なスピードでゆっくりこっちに向かって来る。伸びっ放しの髪の毛、襟の伸びきった黄色いTシャツ、自分で切ってハーフパンツにした赤いコーデュロイのズボンに雪駄。間違いなくサトシだ。騒音で訴えられたら簡単に負けてしまうであろう音量のブレーキの音を立てて、浩一の目の前に止まった。そしていつものセリフを、歯並びの悪い顔で出来る最高の笑顔で言う。
「ワリィワリィ遅れたね」
 当然悪びれた様子なんてみじんもない。
「そう? この前の六十二分遅刻に比べたら早い方じゃん?」
「あれはもう勘弁して下さいよ〜。そんでもってタバコ下さいよ〜」
 自転車を止めながら、顔も見ずにサトシは言う。
 浩一達にしてみればいつも通りのやり取りだが、サトシは初対面の人からでもおかまい無しににタバコをもらう。本人曰く「最初が肝心。出会い頭に相手の壁をガツンとぶっ壊しちゃえば、もうソッコウでソウルメイトでしょ」だそうだ。良く言えば社交的でタフだが、悪く言えばあつかましくて無神経だ。嫌われる事も多いが、性格に裏表が無いので意外と友人は多い。
「どうする? もう義男んち行く?」
 目一杯吸い込んだ煙を吐き出しながらサトシが聞いてきた。
「そうね、特にする事もないし。何時でもいいって言ってたから行っちゃうか」
 浩一が答えているそばから、サトシは吸い殻をコンビニの灰皿に捨てに行く。たぶん今の浩一の話は聞いていないだろう。
「しっかし、義男が何時でもいいって言うなんてありえないよね~」
 タバコを捨ててきたサトシが珍しく真面目な顔で聞いてきた。やはりそういう事に疎いサトシでも同じように思っていたようだ。だが浩一はこの炎天下のもとでサトシとそんなやりとりをしても徒労に終わるだけだ、と思っていたので少しちゃかして答えた。
「まあね。でも俺的にはいつもの義男流の変な理論の発表じゃないかとは思うけどね」
 フフッ。と鼻で笑いながらサトシは自転車にまたがる。
「ま、する事もないし行っちゃいましょうか!」
 やはり浩一の話は聞いてなかった。