2011/07/12

部屋 6

 すでに義男の家に来てから二時間が経つ。夏なのでまだ陽は高いが、外にはこの季節特有の、空気がみっしり詰まった濃い夕方を遠くに感じる。そんな網戸越しの外の景色を、話す事がなくなった浩一はちゃぶ台に肘をつきながらぼーっと見ていた。
 その横でうつぶせで寝転がっていたサトシがゴロッと仰向けになり言った。
「水の話ずっとしてたからか、なんか余計にノド乾いたんですけど」
「悪いけどすごくわかるわ、その意見」
 浩一が昼にコンビニで買った水は、容器だけの用済みになってしまった姿でちゃぶ台の下に横たわっている。「水の味会議」で結論は出なかったが、予想以上に白熱した浩一達から、暑さに喘ぐ時間と引き換えに身体から水分を奪っていった。
「見てないから知らないけどさ~、義男の家の冷蔵庫に気の利いた飲み物があるわけないじゃん」
 サトシが冷蔵庫と浩一を交互に見る。
「まあね。あいつ水筒に水道水入れて持ち歩いてるくらいだからね」
 浩一は水筒の中身を知らずに飲ませてもらった事があったが、あれ以来義男が持参した飲み物をもらうのはやめている。
「そんでもってこの辺って自販機無いし、コンビニも無いじゃん。水道水なんて、この暑さだしお湯じゃん」
「悪いけどすごくわかるわ、その意見も」
 ひとしきりお互いに飲み物を買いに行く役を押し付け合った後、喋れば喋るほど汗が出るしノドも乾く事に気づき、少しでも身体の水分を保持する為に沈黙を選んだ。だが「我慢」という言葉が何よりも嫌いなサトシがすぐに沈黙を破る。
「黙っててもらちがあかねぇ。ちょっと冷蔵庫見てみるか」
 いつの間にかうつ伏せになっていたサトシが額を畳に付けながら言った。冷蔵庫の中には何も無いとは思っていても、期待するのをやめてしまったら本当は入っていても消えてしまいそうな気がして、浩一は無理矢理に気持ちを上げた。
「もしかしたら、もしかするかもだからな!」
「よっしゃ!」
 サトシが勢いよく立ち上がり、困っているおじさんが出すうめき声と同じ周波数の音を発している冷蔵庫に向かった。浩一はちゃぶ台の上に肘を付き合掌した。
「頼む!」
 取っ手に手をかけたサトシは、手品師が最後の締めの前に客に対して見せる時と同じ顔つきをしながら、少し間を持たせる。
「オープーン!」
 ほんの二秒くらいだったかもしれないが、本当に時が止まった。冷蔵庫の中に飲み物や食べ物は何も無く、消臭用に入れているトイレットペーパーだけが、この部屋で一番涼しい場所を独り占めにしていた。しかし、浩一とサトシの時を止めたのはそんな優雅なトイレットペーパーではなく、勢いよく開けた途端に冷蔵庫から滑り出てきた一枚の紙切れだった。
「何これ?」
 サトシが紙を拾い上げた。

「『へやからでたらしぬ』……。だって」